柳宗理氏のデザイン作品は、シンプルで、暖かい形態が多くの人々に愛されており、日本を代表するプロダクトデザイナーです。
その仕事の範囲はひじょうに広く、生活の周辺の日用器具から大きなものは歩道橋や橋梁のデザインにまで至っています。
かつて日本では、手仕事の種類が世界で比類ないほど多く、また仕上げも洗練され、生活を豊かに彩っていた時代がありました。それらの製品は、無名の工人たちによって生み出され、長い歳月に人びとの手によって淘汰されて、生活とともに生き延びてきた隠れた名品群なのです。それは、民藝運動の創始者の柳宗悦の著作『手仕事の日本』を見ても明らかです。そして、それらのあるものは、まだ今の私たちの記憶の片隅に微かに残っていることも確かです。
長年、プロダクトデザインをしている柳宗理氏は、近代工業的な工程で生産する作品とは別に、焼物の試作をしていたといわれます。その最初の試作は、今から半世紀ほど前まで逆上り、京都の河井寛次郎の五条坂窯で行われています。
それから歳月が過ぎ、柳宗理氏は1960年代の初めに「無自性」を特色とする出雲の出西窯の工人たちと出会い、いく度か「試作」が繰り返されて、その焼物は完成をみました。
その作品は、現在では出西窯の「黒土瓶」という名前で実用化されております。
原型は柳氏が創案したとしても、型を起こすこと、土を見つけること、釉薬を探すことなど、出西窯の工人たちの存在と共同作業がなければ、この焼物は誕生しなかったと思われます。それは生活容器の生産を専らとし、需要にたえうる生産体制を持つ「出西窯」という企業組合があって、はじめて可能になった焼物でした。
ここに「柳宗理と出西窯―黒土瓶の仕事をめぐって」という展覧会の名称の由来があります。
柳宗理氏は、数多くのプロダクトデザインを生み出してきていますが、プロダクトと手仕事というその生産の方法が違っていても、この「黒土瓶」の仕事は、多くの工人と共同制作を行うという量産と手仕事の融合を見据えた新しい方法といえるかもしれません。
つねづねプロダクトデザインも手仕事から生まれると語っている柳宗理氏にとって、「黒土瓶」こそは、手と工業を結ぶ理想的な仕事であったと推察されます。
自らの手で器を作るという柳宗理氏の着想から生まれたこの黒土瓶には、広範囲な仕事をしてきた氏のあらゆる制作の原点があるのではないでしょうか。黒土瓶を中心に氏の仕事をとらえることは、今の社会で失われつつある手で考えること、つまり「手仕事」の意味を改めて考えることにもなるのではないかと思われます。
そうした考えに基づき、ギャラリーТОМは「柳宗理と出西窯―黒土瓶の仕事をめぐって」の展覧会を開催いたします。
協力/企業組合・出西窯
有限会社・柳ショップ
財団法人・柳工業デザイン研究会