TOMについて  

ギャラリーTOMは、村山亜土・治江夫妻が、視覚障害者
だった長男・錬の「ぼくたち盲人もロダンを見る権利が
ある」という言葉につき動かされ、1984年に「視覚障害者のための手で見るギャラリー」として開設した私設美術館です。ご来館いただいた方々に「都会の縁側」として、親しんでいただきたいと思っております。

美術館やギャラリーは、静かにご鑑賞いただくべきなのでしょうが、ここギャラリーТОМのスタッフは、お客様とお話するのが大好きです。ご質問やご要望など、どんどんスタッフにお声がけください。

ぼくたち盲人もロダンを見る権利がある



女性の写真
村山知義(1923年)

TOMという名称は、亜土の父、村山知義のサインから
採りました。知義は、大正時代より新興美術運動の旗手
として活躍し、さらには、小説、劇作、演出、映画制作
など、あらゆる表現分野にたずさわりました。特に、
妻・籌子の童話に添えた挿絵や、子どものための絵雑誌に寄せた童画などは、いまでも人々の心に深い印象を与えています。

また、ギャラリーТОМのロゴマークは、知義のサインをもとに、河野鷹思さんがデザインしました。

ギャラリーの建物の設計は、内藤廣さんによるものです。鉄筋コンクリート作りで、その上に特徴のある鉄骨の梁を斜めに掛け渡してあります。内藤さんは「この部分でTOMのメッセージの先鋭さや怒りを表現しようとした」そうです。また、建設にあたり何人ものすばらしいアーティストにもご協力いただきました。 鉄製の門扉の取っ手は原正樹さん、木製の入り口のドアノブは西大由さん、テラスの床のアレンジは脇田愛次郎さんにそれぞれ制作していだだいたものです。


ТОМ外観
ТОМ外観(1984年竣工、設計・内藤廣)

ТОМ内観


母と歩く時 村山亜土の本

村山亜土は、父・知義の影響をうけ、児童劇作家として、楽しい作品をたくさん世に送り出してきましたが、2002年に他界しました。その後は、妻・治江がギャラリーТОМの館長となり、こどもの城の造形事業部より岩崎清を副館長として招き、そして私たちスタッフともども、
開館時の熱い思いを絶やさぬよう、元気にやっております。

展覧会のほか、メインスペースの独特の空間を利用して、魅力的なアーティストを招き、コンサートなども開催してきました。1984年の開館記念コンサートでは、ジュリエット・グレコを招き、全国の盲学校生徒と楽しいひとときを送りました。


ジュリエット・グレコ
ジュリエット・グレコ


イサム・ノグチ
イサム・ノグチと握手する参加者

手で見る美術・アメリカの旅(1987年3月〜4月) では、「全国盲学校生徒作品展」の受賞者の生徒さんと、アメリカ・フィラデルフィア美術館、イサム・ノグチ美術館などを表敬訪問し、交流を深めました。

視覚障害者や子どもたちが、ギャラリーТОМへ来る途中で交通事故に遭わないようにと、柳宗理氏が、ギャラリーТОМの開館に際し、道祖神をデザインされ、ながいあいだ来館される方たちを見守っていました。この道祖神は、視覚障害者のためのアートスペースを併設している川越市立美術館の開館のお祝いに寄贈させていただきました。
現在は広々とした場所で、訪れる方々の心を癒していると同時に道祖神自身もくつろいでいるご様子。


柳宗理の道祖神(川越市立美術館)
柳宗理の道祖神(川越市立美術館)


 

鳥のアパート(千葉盲学校)
鳥のアパート(千葉盲学校)

毎年8月には、全国盲学校生徒作品展「ぼくたちのつくったもの」を開催しています。この作品展は、1986年から開催され、制作した生徒だけでなく指導された先生方、それらのすぐれた作品を生み出した環境=学校に対して贈られる「TOM賞」を設け、選者には佐藤忠良氏や堀内正和氏などが担当されました。現在では、「賞」というものは設けていませんが、毎年、全国の盲学校から「創造する歓び」に満ちた楽しい作品がたくさん寄せられています。

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